muroyanの日記

ピアニスト、作曲・編曲家、むろやんのブログ

判りやすい物語

「月光」の楽譜(冒頭)

(2004/12/7の日記のコメントより引用)
>metroアレさ。説明して欲しいのさ。判りやすい物語を、知りたいのさ。
>例えばセザンヌがトランプをしてる男の絵があるとすれば、色彩や構成や、
>そこにこめられたものではなくて、モデルの男の素性や関係や地位を知りたい。
>ゴッホの踊るような荒れ狂うような、それでいて緻密に構成された
>絵の衝撃ではなく、その頃彼がどの程度頭がおかしかったのか、
>ホモだったのか、どれくらい貧乏してたのか、そういうことを知りたい。
 堅いものを柔らかく説明するとどうしても「判りやすい物語」となる。上記のmetroさんのコメントは美術作品に対してのものだが、音楽作品に対しても同じことが言えると思う。
 ベートーヴェンの有名なピアノソナタに、「月光」というサブタイトルの付いた曲がある。たとえば僕がちょっとしたコンサートでこの曲を弾くとして、「弾く前にちょっとこの曲に関しての"解説"をお願いします」などと言われれば、この「月光」というサブタイトルの由来や、実はベートーヴェン自身が名付けた副題ではないこと、などを説明することになるだろう。
 しかし「月光」の本当の価値というものは、ベートーヴェン自身が譜面に記した「SONATA QUASI UNA FANTASIA」(幻想曲風ソナタ)に集約されるもので、従来のソナタならありえないような静かな出だし(※幻想曲風)をもって「ソナタ」としてしまう革新性にあったはずである。
 同じくベートーヴェン作曲の有名な「運命」交響曲、これも「運命が扉を叩く」などといった判りやすい物語で語られやすいが、強固な統一モチーフによるソナタ形式の構成、の方に作品の主眼が置かれるべきであろう。
 しかし「学術的」「楽式的」な話になってしまうと難しくなってしまう。あまり難しい話というのは「楽しみのための」コンサートには不向きというものだ。
 お手軽な「カルチャー」、判りやすい物語というのは「ちょっといい気分」にはさせてくれるかも知れないが、作品の「本質」にはなにも迫っていないのかも知れない。
※幻想曲・・・Fantasia(ファンタジー)の日本語訳「幻想曲」と聞くと、とってもロマンチックな、それこそ「幻想的な」雰囲気の曲を想像してしまいがちだが、原語の意味は「自由な」ということで、自由な形式、発想で書かれた曲、というだけの話である。曲全体の雰囲気がロマンチックである必要はない。
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